りとすら

書きたいことがあんまりありません

人になっていく

子供がそろそろ半年になる。

 

子供を見ていて一番感動するのは、身体性を獲得していくその過程にある。

昨日まで何もできなかった生き物がだんだんと見様見真似で人の動きになっていく、人になっていく。

 

彼女の側から見たら、そんなことは記憶にすら残っていないのだと思うけれど、いろいろな思いをこめて見つめてしまうのは、やはり親になったなと感じる。

 

子供に全てを賭ける気なんてさらさらないし、彼女は彼女の人生を歩んでいくと思うから、せめて可能性だけは無限大に確保してあげたいなと思っている。

 

痛みから何かを学ぶこともあるし、うまくいかないことから何かを学ぶこともある。彼女にはタフになってほしい。ひたすらにタフに。

 

「どーせ失敗したって死なねーからやるだけやったろうじゃん」って感じのカッコいい女の子になるといい。

 

あなたにはあなたの人生があるから、それを謳歌して。死ぬ瞬間まで。

就職して5年が経ち自意識が変わっていることを最近自覚する

社会人になって5年ほど経っていて、一番変わったのは自意識だった。

配属時はもうほんとに右も左もわからなくてわからないことが解らないお子ちゃまだったけれど、それももう二場所目になると通用しなくて自覚が生まれてきたということもあるのかもしれない。

 

新卒配属って周囲の目線が”あいつは新卒だ”とレッテルを張られているところがあって、自分の中ではあまり変わっているつもりはないのだけれど、周囲が自分を規定しているような感じなのかも。

 

周囲の人間にだけ評価されているのであれば、たぶん人は生きていけるし、認められていないのであれば多分、生きていけない。

大きな意識づけでご飯食べれる人たちもまだいるのかもしれないけど、ぼくはいつだって周囲の10人くらいだけでも一緒にやっていける仲間だったら、この世はハッピーだと思っている。

五年がたちました

社会人になって、生活環境が変わって、ブログどころじゃなくなってというところから更新できてなくて5年ほどたちました。
目まぐるしい時間を過ごしました。

ここ1か月ほど、ブログ再開したいなーと思い、はてブホッテントリよんでみたりなんかしておりました。


思えば、今の妻に出会って、付き合って、結婚して、異動して、新居で生活をして、子供を身ごもって、いまに至ります。

いろいろと書いておきたいことがたくさんある気がするのですが、いざとなると思い出せなくて、やっぱり思いついたときに何か書いておかないと気持ちは風化してしまうのです。

また書けるだけ、書いていきたいです。

kazukan.hateblo.jp

流行ネタを使ったところで、やっぱりフィンチャ―作品でしかなかった―――『ソーシャル・ネットワーク』

 日本メディアでの宣伝が「SNSってあるよね。若い人は知ってるけど、いろいろ社会問題も引き起こしてるんだよ!そんなネットワークでの新しい広がりを題材にした映画だから、知らない人は見た方が良いよ!知らないと時代に乗り遅れるよ!」ってノリなので、ビジネスサクセスストーリーなのかなぁ。プロジェクトXみたいなもんかぁ。って見に行ったら、期待を大きく裏切られた。youtubeを世間に知らしめた、尖閣諸島ビデオと同じノリで宣伝しちゃあかんぜ・・・


 どこをどう見ても、デイヴィッド・フィンチャ―の作品だったのです。 「ファイト・クラブ」しか見たことないけど、思い出すと未だに衝撃的で刺激的な映画です。 


 そう、別にこの映画、ドキュメンタリーでもなんでもなかったと思った方が正しい。だってさ、創業者のマークのインタビュー見たら、こんなんだもん。 作中とイメージ違ぇ・・・


 主人公に感情移入しづらいから、見づらい。なので評価分かれる。*1
 天才的な主人公マークの私怨ともいえる行動原理。
 社交的で友人も多い共同創業者エドゥアルドは、マークの意思にそぐわないからという理由で切られる。
 大学の社交界にいる双子の兄弟は踏み台にされる。
 マークはナップスターのショーンから影響を受け、ビジネス拡大のための意思を強くする。


 主人公の感情が非常に見えづらく、ビジネスのことしか目にないのか、私怨だけで動いているのか、判断が最後までつかないように作られている。それがこの映画の深いところ。面白いところ。


 個人的に一番楽しかったのは、ナップスター創業者のショーン。ジャスティン・ティンバーレイクが演じてる、この役が一番しびれた。パラノイアで。

*1:ちなみに字幕版は会話量の多さに辟易するらしいです。押井守好きとしては理解できる範囲でしたけどw

なんだかぼくはひどく疲れてしまったのだ「ノルウェイの森」を見て。やれやれ。

 眠気と戦う二時間でした。
 村上春樹の大ヒットベストセラー「ノルウェイの森」を禁断の映画化。ということもあって、駄作だろうが何だろうが観に行かなきゃならない全国のハルキストの皆様、大変お疲れ様でした。

ワタナベ(松山ケンイチ)は唯一の親友であるキズキ(高良健吾)を自殺で失い、知り合いの誰もいない東京で大学生活を始める。そんなある日、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会。二人は頻繁に会うようになるが、心を病んだ直子は京都の病院に入院してしまう。そして、ワタナベは大学で出会った緑(水原希子)にも惹(ひ)かれていき……。

 原作を読んでから5年以上の歳月を経過している今では、私が原作と比較して云々とか言えないので、単純に映画としての感想を。

セックス

 もともと村上作品自体が、ダメな主人公の主観でしか世界が語られていないこともあって、嫌悪感を示す人(特に女性」)は多いように思います。(「セックスセックスってうっせーよ」っつって。)
 村上ワールドでは基本的にフリーセックスなので、この映画のセックス描写も、あるんだろーなー。って思ってたんですが、いかんせん描写が露悪的。露悪的にセックス映さなくても良いのでは?と見ながらに思いました。原作では「イメージとしてのセックス」だったものが、「肉欲をむさぼり合うもの」としか映ってなかった。


 元来、日本映画ではセックスって一種のピークであって、この映画でそこかしこに詰め込まれている「主人公一人称視点での感傷のイメージ」とは程遠いように思います。そこがこの映画を見ていて一番疲れる原因でした。菊地凛子にも賛否分かれそうですが、外国人から見る菊地凛子のいびつなイメージってこういう風に映るのかなぁと納得。だが断る
 菊地凛子って素晴らしい女優なんかじゃなく、外国人から見て使いやすいいびつなイメージを持った女優ってだけなのかしらん。

キャスト

 菊地凛子は違う気がするんだよなー。やっぱり。蒼井優とかでいいんでないか?
 その点、松山ケンイチはぱっとしないのにモテるところが、いかにも村上作品の主人公っぽくて素敵でした。これは凄い。
 弟と話していて、加瀬亮でも良いんじゃねーかって話になりましたが。


 レイコ先生役の霧島レイカは違和感なかったけど、麻生久美子あたりか、吉瀬美智子だとハマってたかも。それか、もちっと年上?


 永沢さん役の玉山鉄二は体の感じが存在感素晴らしく。佐々木蔵之介堺雅人あたりかなーと思ってました。すみません。

「ま、幸せになれよ。いろいろとありそうだけれど、お前も相当に頑固だからなんとかうまくやれると思うよ。ひとつ忠告していいかな、俺から」
「いいですよ」
「自分に同情するな」と彼は言った。「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
―――村上春樹ノルウェイの森(下)』p169より
―――ちなみにで私が一番好きなのは永沢さんです。彼はカッコいい。

 ハツミ役の初音映莉子、輝いていましたね。この映画で安心感もって見れたのは永沢さんとハツミが映ってる瞬間だけだったように思います。


 最後に。
  緑役の水原希子の持つ存在感って危うげだけど輝いていて。セリフ回しとか難ありでここも賛否両論でしょうが、緑の持つ「みずみずしさ」「生命力」こそ、ノルウェイの森が持つ光で、ここはこの子しか居なかった気がする。


 暴言を覚悟して言えば

緑=アスカ
直子=綾波

 です。なので、私は緑派です。

スタッフ

 監督の投げっぷりには脱帽。チェンジ。
 特に、舞台っぽい緑とワタナベの絡みのシーンとか意味不明すぎ。チェンジ。

総評

 「日本映画界に求められているセックス」と「村上作品に求められてるセックス」と「監督の描いているセックス」が一致してなかったのと、無駄に演技的で感傷的なカットを遣いすぎた監督に猛省が求められる。
 一度見て文句言うのは良いと思うけど、DVDは買わないし、二度と見に行く気もしないよ!!


 非常に疲れるだけで、1700円もあれば、原作買ったほうが良い!!

キャストの力で脚本をぶち破る『悪人』

 キャストも監督もカメラさんも、パーフェクトだと思います。ただ、本がビミョ―で映画向きでないのかしらん。

あらすじ: 若い女性保険外交員(満島ひかり)の殺人事件。ある金持ちの大学生(岡田将生)に疑いがかけられるが、捜査を進めるうちに土木作業員、清水祐一(妻夫木聡)が真犯人として浮上してくる。しかし、祐一はたまたま出会い系で知り合った光代(深津絵里)を車に乗せ、警察の目から逃れるように転々とする。そして、次第に二人は強く惹かれ合うようになり……。

 昔見た、バベル(バベル - りとすら)みたいだなー、と。

キャスト

 今回の「悪人」の場合はキャストが豪華で言うこと無しってのが一番大きかった気がします。
 妻夫木聡の新境地を見せてもらいました!
 深津絵里が素晴らしすぎて鳥肌立ちまくりだった。特にラスト近くの公衆電話のシーンの無色透明感。あのシーンには監督とライトと音響と深津絵里の渾然一体となった感動が、そこにありました。


 以下キャスト。

妻夫木聡深津絵里岡田将生満島ひかり宮崎美子樹木希林柄本明

  1. 樹木希林柄本明を同時に起用するとか、どんだけ卑怯なんだよと。
  2. 妻夫木聡は良い演技だったと思うんだけど、そもそもの本自体の設定が・・・入っていけない荒唐無稽感覚に陥る。
  3. 満島ひかりの役柄は実際に居そう。くそびっちめ!!

ストーリー

 そんでストーリーなんだけど、最近は「殺す必然性」って軽視されてるのかなぁ・・・と何となく感じてしまったのが悲しくて。
 推理小説って三つに分類されると一般的にはいわれていると思うんだけど、その三つの

  1. フーダニット (Whodunit = Who (had) done it)誰が犯人なのか
  2. ハウダニット (Howdunit = How (had) done it)どのように犯罪を成し遂げたのか
  3. ホワイダニット (Whydunit = Why (had) done it)なぜ犯行に至ったのか

 のどれも満たされずに終わるんよ。・・・ということは日本人の好きな社会派小説ということなのか!(いや当然そうなる)
 元ネタが軽薄かつ使い古された要素しか見いだせない(ケータイ・コミュニケーション不全・現代の孤独・地方の現実)のが悲しいのよね。
 そーしたら見どころはキャストしかないじゃん。(というのは僕の映画観です。キャストが最重要!)

そうそう

 こんな話を見るたびに、思い出すのは岡崎京子の言葉。

平坦な戦場で僕らが生き延びること

 個人的には非常に大好物な「現代モノ」の映画。ごちそうさまでした!

パンティ&ストッキングwithガーターベルトが秀逸ッ!!

 やばい。やヴぁい。だいすきすぎるww 簡単でわかりやすい解説は「たまごまごごはん」のなかの人が書いてるので譲ります↓
―――ビッチでセレブな放送コードギリギリアウトアニメ。「パンティ&ストッキングWITHガーターベルト」 - エキレビ!(1/2)
―――「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」は4種類のキャラデザを使い分けてるみたいだよ。 - たまごまごごはん
 なんにせよストーリーがアホすぎ。

  • 第1話「仁義なき排泄」

ダテンシティで人々が便器に食われる怪事件が多発する。神父のガーターベルトはゴーストを退治すべく天使姉妹のパンティ&ストッキングを現場に向かわせるが...。

  • 第2話「デスレース2010」

いきつけのインモラルモーテルでバイカー男と一発キメているパンティ。その頃、フリーウェイでは暴走する謎のスポーツカーとストッキングのカーチェイスが繰り広げられていた!

  • 第3話「ミツバチのざわめき」

ダテンシティ学園で立て続けに起こる男子生徒の行方不明事件。学園長からの依頼でパンスト姉妹は生徒として学園内に潜入捜査することに。だが、そこは学園の女王が支配する世界だった...。

  • 第4話「セックス・アンド・ザ・ダテンシティ」

ダテンシティのセレブとしてもてはやされるパンスト姉妹。そんな二人についに映画出演のオファーが。そのゴージャスな記者会見の日にパンティから出た一言は、彼女たちのセレブ人生をも揺るがしかねないスキャンダラスなものだった!

くだらない姉妹喧嘩がきっかけでパンティ&ストッキングの解散を宣言するパンスト姉妹。そんな時、タイミング悪く天からゴースト退治の指令が下る!

その日、大勢の若い兵士たちが衝動に突き動かされるまま丘を目指し、命を落としてイった。時を同じくして、教会では紙不足に頭を悩ませるガーターの姿があった...。

 インモラルな感覚が大好き過ぎてどーしよーもない。


 特に六話。

 「パルプ・フィクション」とタイトルだけパクっといて、中身で一致してるのはパルプのみ。そう、紙。紙っつったら・・・ペーパー?つかトイレ紙?っつーことで、ノルマンディー上陸作戦とかけましてスコッティーと説きます。その心はイケそうでイケない。このクソみたいな作戦を終え、愛する人と家庭を作り、愛する子供に囲まれ・・・第四次バルトリン戦役wwwなんじゃそれ。精子しか出てこないアニメってなんだそれ。


 下品と下種と冗談だけを本気で作った本当の意味で中二病な。
 こんな男子校だったなーと感慨深い。DVDとかサントラ出たら買ってしまいそう。