りとすら

書きたいことがあんまりありません

浅ましい俺を死ぬまで

吐き気がするほどの快感を与えてくれたのはなんだったっけ。
擦り切れてしまった僕に、一体何が残っているのだろう。
表面演技だけ上手くなって、何も感じてやしない。

友達と喋っているとき。一人で居るとき。
遊んでるとき。感動してるとき。興奮してるとき。
あーあ。人生って所詮こんなもんだよなぁ。切ないほどに。

何に価値を見出して
 懐疑論から抜け出して
  前進していけるんだろうか。

どーしよーもない しょーもないことばかりで、
何を目指せばいいのかなんて 誰も教えてくれないし、
何が正しいのかすら根拠がない。そんな相対主義下の懐疑論
誰が嘘を付いたのですか→誰も嘘なんてついたことはありません
僕は何を求めているのでしょう→さぁそんなことしらない
ただただめんどくさいって思ってきたらもう終わりに近いですけど。

とか考えてても鬱病っぽいから止めようね。
目的もなく文章を書き始めてしまいましたってカンジがでるより先に
鬱っぽいカンジが出ちまったのは誤算やね。

[本題]
なんでもいいからダラダラした感じを払拭したいんですけど、
その方法論が見つからないんですよ。

積極的定義をしてみると「懐疑論からくる[逃避]」、
消極的に定義すると「本当にやる気がない」、
意外性をつくなら「本気でチャラチャラ生きようと思ってる」とか。

無難に何でも出来てしまう分、本気になる事がないのも問題だとは思いますけどね。
自意識の問題で、実際にはちゃんと出来てないことも多々あるんですけど、
自分としては何でもそつなくこなすイメージ(自己像)が形になってしまってるからさ。


活を入れてもらおうにも、
今までも散々と色々な意識面での努力を繰り返してきてて
自分で思いつける意識改革がもうない。
この現状を打破できるのかな、
打破できたら俺が俺でなくなるときっぽいカンジはするけどさ。
まぁとにかく、俺はこんな浅ましい俺を死ぬまで近くでみてそのまま逝くしかないんでしょうね。
しょうがねぇだろ、そういう性格なんだからっていっちゃあおしまいですけど。