りとすら

5年ぶりくらいにブログリハビリ中!!

卒論完成「日本アイドルビジネスの歴史的変遷と現在 どういう物語が語られてきたのか」

 なんとか初稿完成。うpします。モー娘。学会の方、ご協力ありがとうございました。21974字。

日本アイドルビジネスの歴史的変遷と現在

どういう物語が語られてきたのか

目次

序章 はじめに


第1章 問題と目的
第1節 アイドルの定義
1. 「アイドル」という言葉の成立
2. 「アイドル」の定義の広義化
第2節 物語マーケティング
1. 「物語」、「ストーリー」がなぜ求められるのか
2. 物語の要素
3. アイドルビジネスにおける物語マーケティングの機能


第2章 アイドルビジネスの歴史的比較
第1節 60年代「清純派―吉永小百合
第2節 70年代「虚像と実像との狭間のアイドル―山口百恵
第3節 80年代「シミュレーションとしてのアイドル―松田聖子
第4節 80年代末「シミュレーションのシステム化―おニャン子クラブ
第5節 90年代「システムの再設計―モーニング娘。
第6節 ゼロ年代「成熟した市場の中で」


第3章 ゼロ年代におけるアイドルビジネスについて
第1節 時代背景の変化
1. 物語消費に導かれた共同性消費、ネタ消費へ
2. データベース消費
第2節 バーチャルなアイドルの可能性
1. 「余白のあるアイドル」
2. バーチャルアイドル


第4章 まとめ

序章 はじめに

 日常生活のなかでアイドルを見る機会が多くなり、アイドルが非日常的なものから日常的なものへと変化してきた。日々の会話の中でもアイドルの話題が混ざり、それは強いて意識されるような事でもなくなってきた。アイドルがどのように日本に定着し、現状に落ち着いたのかという問題は、日本におけるメディアのマーケティング戦略・状況と密接に関係しており、社会的な問題ともリンクしている。アイドルを通じたマーケティングの変遷をたどる価値が、ここにあると言える。稲増(1989)の言葉を借りるならば、「『アイドルは時代を語るか』という問いには、アイドルを時代を語る『主体』としてではなく、時代を語る『素材』としてとらえる必要があることをとりあえず強調しておきたい」(稲増、1989:pp.64-65)
本稿はその目的意識に基づき、第1章と第2章ではアイドルビジネスの歴史的変遷と「物語マーケティング」との関係性について論じ、第3章は今現在受け入れられるアイドルの可能性について言及する。

第1章 問題と目的

第1節 アイドルの定義
1. 「アイドル」という言葉の成立

 2008年現在、「アイドル」とはきわめて広義のものが含まれる。広辞苑(第五版)によれば「アイドル」とは1、偶像。2、崇拝される人や物。3、あこがれの的。熱狂的なファンをもつ人。となっている。
 日本で「アイドル」という言葉が使われ始めたのは1970年代である。1971年のテレビ番組『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場した南沙織が司会者から "ティーンのアイドル" と紹介されており、この時点で「アイドル」という言葉が使用されている。また、テレビ番組『スター誕生』出身の山口百恵などがデビューする1970年代後半に入って、「アイドル」という呼称が芸能人・タレントの総称として一般化するようになった。

2. 「アイドル」の定義の広義化

 アイドル業界は80年代に隆盛を極め、90年代の混乱期を迎えることになる。そのなかで「アイドル」という言葉の定義は広義化を続け、いまでは多くの意味をはらむ言葉となっている。
 具体的に言えば、まず一番イメージがわきやすいのはポップスを歌っている歌手である「アイドル歌手」。次に、清純なイメージを持つ若手女優を「アイドル女優」。続いて、おもに男性誌を中心とした写真(グラビア)で活躍する「グラビアアイドル」。さらに、ティーンのなかでも小学生、中学生程度の年齢で活躍するチャイルドアイドル、「チャイドル」。TVメディアが発達していく中で、日本の民放が作り上げたシステムとも言える、「女子アナ」。従来ならアニメ産業の裏方であるはずの声優のアイドル化したもの、「アイドル声優」。仮面ライダーシリーズやいわゆる戦隊モノで登場する女優の「特撮ヒロイン」。マイナーでライブ活動を中心にしている「地下アイドル(ライブアイドル)」。スポーツ業界におけるマスコット的存在の「スポーツアイドル」などである。そして、上記のように携わっている仕事を軸とした括り方もあるのだが、その他の軸でアイドルであるかそうでないか、という議論もある。 そして現在では標準化された普通名詞と化してしまっていると言えるだろう。
本稿では、その「アイドル」の定義の広さを鑑み、特に注記がない限りいわゆる「アイドル歌手」のことを「アイドル」と定義付けし、論じていく。細かい定義付けよりも、それらにまつわるマーケティング手法に焦点を当てていきたい。

第2節 物語マーケティング
1. 「物語」、「ストーリー」がなぜ求められるのか

 日本ではじめて「物語」に注目したのは、評論家・編集者の大塚英志である。物語が消費において大きな役割を担っているということは、「ぼくたちは目の前に存在する<モノ>が記号としてのみ存在し、それ以外の価値を持つことがありえないという事態に対し十分自覚的であり、むしろ<モノ> に使用価値を求めることの方が奇異な行動でさえあるという感覚を抱きつつある。」(大塚、2001:p.7)と言い換えることができるだろう。その本質をとは、「消費されているのは、一つ一つの<ドラマ>や<モノ>ではなく、その背後に隠されていたはずのシステムそのものなのである。しかしシステム(=大きな物語)そのものを売るわけにはいかないので、その一つの断面である一話分のドラマや一つの断片としての <モノ>を見せかけに消費してもらう。このような事態をぼくは「物語消費」と名付けたい。」(大塚、2001:p.14)


 大塚は民俗学の見地から、なぜ人々が物語消費に動員されていくのかを次のように分析する。「人が<物語>を欲するのは<物語>を通じて自分をとり囲む<世界>を理解するモデルだからである。ムラ社会に於ける民話、戦前の日本社会に於ける例えば国定教科書で採用された日本神話はそれぞれの<世界>の輪郭を明瞭に示すモデルであった。同時にまたこれらの<物語>はそこに帰属する人間の倫理や行動を決定するモデルでもある。いわば人間は<物語>に縛られているのであり、その善し悪しは別として<物語>に縛られることで安定するのだ。しかしそのためには<物語>がその空間及び構成員の範囲が明瞭で具体的な共同体に根をおろし、その構成員によって共有されていることが大切である。(中略)しかし今日の消費社会ではこういった明瞭な形で人を生涯にわたって縛る共同体が存在しない。」(大塚、2001:p.25)

 こういった商品の性能差による価値決定と、商品のイメージによる価値決定という差は、時代の変化に付随する面が大きい。鈴木謙介は、日本の経済発展の歴史に言及しながら、こう述べている。「社会のある程度の層が人並みの水準にたどり着くと、「みんなと同じモノを所有して人並みの生活を送りたい」という〈物語〉の意味が希薄になります。(中略)人々が豊かさを求めた時代の後にやってくるのが「感性」の時代です。」(鈴木、2007: pp.38-40)話を日本に限定してしまえば、高度経済成長の時代にあった「豊かさ」というモノサシが通用しなくなり、「食うのに困る」状況はなくなった。変わってやってきたのは、糸井重里(1988)の有名なコピー「ほしいものが、ほしいわ」に代表されるような、商品間の明確な序列が失われてしまった世界である。
こうした現代の消費者が「物語」を希求しているという状況は、経済システムの進化に伴って出てきた事象であり、なにも日本特有の事象ではない。

 そう、経済は進化する。先進国では、安くて品質が良い製品だけを購入する段階から、その次の段階へと経済が進化している。パインとギルモアによれば、消費者が観客で社員はキャスト、そしてシナリオとはまさに物語性をもったマーケティング・コミュニケーションである、という。「コモディティから製品、サービス、そして経験へと進化するのが経済価値の本質なのである」(パイン、ギルモア、2005:p.18)ここで重要なのは、経済が進化し価値の比重が変わっていく現在において、商品価値の源泉はどこから来ているかという問題である。ある商品があって、その性能の差が一目見ただけでわからないとしたら、その商品に対して抱いていたイメージによって商品を購入する。それは製品の性能に価値を見出しているのではなく、その背後の「物語」を消費している状況である。

2. 物語の要素

 具体的な「物語」にはどのような機能があるのだろうか、またどのような要素が含まれているのか。
電通のディレクター、福田敏彦は、大塚の論を受けてその役割を次の5つに分析している。第一に、物語は感情を喚起する。第二に、物語は理解を助ける。第三に、物語は記憶に残る。第四に、物語は行動へ駆り立てる。最後に、物語は矛盾を解消する。(福田、1990)これらの要素は一般消費財(物語の薄いもの)に対して物語価値の高い商品の差別化を図るための有効な手段として機能する。西本直人はそれに加え、物語の複雑性(広がり)と物語の進行性(流れ)を作ることによって、更に魅力ある物語の可能性を示唆している。(西本、2002:p.61)こうした物語にはある種の定型があり、具体的には「物語の法則とは、主人公をめぐる「越境」→「危機」→「成長」→「勝利」という流れ」 (山川、2007:p.32) の事である。つまり、主人公に環境変化が起こり、その―ときには有力なパートナーに出会い―危機を逃れ、困難を克服し成長し、目的を達成し報酬を得る、という流れである。


 90年代後半に一世を風靡した「モーニング娘。」はこの「物語」を利用したアイドルであった。このモーニング娘。(以下、モー娘。[もーむす])を例にとって、「物語」の構造を把握しよう。
普通の女の子たちがオーディション企画「シャ乱Qロックボーカリストオーディション」に応募し、これに落選する。(「越境」、「危機」)そしてデビューのための条件として5日間以内で5万枚のCD売り切りを目標に活動をし、その内容がTV番組化され放送された。(「成長」)その努力の甲斐が実を結び、見事にデビューをする。(「勝利」)そして、モー娘。はデビュー時だけではなくメンバーの入れ替えなどにより、事あるごとに物語が付与されていくことになる。こうして、モーニング娘。に関係する商品が継続的に消費者の手に取られることになっていく。これこそ「物語」の価値である。

3. アイドルビジネスにおける物語マーケティングの機能

 確かに、一般的な消費財であれば、性能差を見つけ出し、それを手がかりに購買行動を決定できるものも、まだ依然として存在することを認めざるを得ない。しかし、アイドルのCDを目の前にしたとき、その音楽性―歌の上手い、下手―や、音楽のジャンル―例えば、ロックだとかテクノ―だけを気にして買うだろうか。アイドルがイメージ商品であるからこそ、そのイメージを作り出す背後の「物語」の重要性は、一般消費財のそれと比較しても、はるかに大きい。女性アイドルは男子中高生にとって疑似恋愛の対象であり、その恋愛対象に向かっての応援といった意味合いで消費が行われるからである。「アイドルはファンの夢のなかに住んでいる。スパンコールに包まれた彼女達は、テレビのガラス画面の向こう側にいて現実と切り離されており、それ以上近づく事は出来ない。オタクは、そんな彼女たちに愛を結晶化させ、自分勝手に心を震わせる。よって、こうしたアイドルとの恋愛関係は、人形やアニメのヒロインの場合と同様、一方通行のものなのだ。」(バラール、2002:p.122)


 そして、その「物語」の差異によって消費が行われてきたアイドル業界では、その「物語」の重要性について、他の商品よりもはるか以前から自覚的だったのである。「ホンネが商売ってのはわかりやすいけれども、ウソが積極的に商売になるというのは今まではあまり考えられなかったことです。アイドルがウソだっていうのは商売する側もずっと隠してきたわけです。」(稲増、1989:pp.105-113)
 そう、アイドルが自分の意志で、「幸せな女の子としてキラキラとテレビの前で歌って踊っていたいです」と進んで言うことはないのだ。それはなぜかと言えば、アイドルの所属している事務所やテレビ局が、商品であるアイドルをどういう形で売っていくのかというマーケティング戦略の方が本人の意思よりも相対的に重要であるため、アイドル自身の意見や意図などの優先順位は低くならざるを得ないからだ。たとえアイドル自ら「自然体であること」をメッセージとして発し続けているとしても、それ自体が戦略として機能しているので、そこに固有性が発生するわけではい。
 この物語の「虚構性」に関しては、ファンも時代の変化とともに自覚的になり、積極的に虚構の世界を楽しもうとする態度が見られてくることになるが、次章にて詳しく触れることとする。

第2章 アイドルビジネスの歴史的比較

 日本においてアイドルというマーケットが形成されてきたのは、70年代から一般化してきた。この章では前述のアイドルと物語マーケティングが、歴史的変遷の中でどういった関係をもってきたのかについて考察することにする。

第1節 60年代「清純派―吉永小百合

 60年代といえばまだテレビが各家庭に一台あるわけではなく、まだ映画が主要なメディアであった。そのなかで日本のメディアのなかで活躍していたのは映画俳優・女優であり、当時は「映画スター」と呼ばれ、もてはやされていた。そのなかで特に代表的であり、今で言うアイドルの位置にいたのが吉永小百合である。「吉永小百合は60年代の『清純派』アイドルの代表格であり、主たる活躍の場は同時期に人気のあった松原智恵子和泉雅子、本間千代子、内藤洋子(やや時期が遅れる)らと同じ映画畑である」(稲増、1989: p.66)吉永小百合は。世間の期待する「清純女優』のレッテルに近づくべく『タテマエ=虚像』と『ホンネ=実像』を一致させようと努力した、スキャンダルとは無縁の建設的アイドルであった。とりわけ忙しい芸能活動の合間をぬって実力で早稲田大学(第二文学部)に合格した努力などは、当時の芸能界の美談であった。言ってみれば、戦後におけるオプティミスティックな理想主義の最後の象徴的存在だと位置づけられるだろう。清純で穢れのない存在としての日本独自のアイドル観は、吉永小百合を軸に形作られて行くことになり、そこで日本独自のアイドル観が生まれていく。しかしそれゆえにこそ吉永小百合自身はスターから女優へと転身するための結婚という通過儀礼が必要であったと言える。
 その一方で、60年代においては、「アイドル」という概念はあまり根付いていなかった。なぜなら「アイドル」という概念は外国からの輸入品であり、「アイドルらしさ」というものは語られなかったのである。ファンも映画というメディアチャンネルが限られていたので、ファンの拡大化も図られなかった。

第2節 70年代「虚像と実像との狭間のアイドル―山口百恵

 60年代後半から、日本の芸能界の地図は書き換えられようとしていった。メディアをめぐる状況が変化していったからである。それは各家庭においてアイドルを共有できる、テレビというメディアが普及していったからである。創業期のテレビ局はプロダクションの抱えるタレントなしには番組が制作できないほどだったが、そういった芸能プロダクションからの独立をめざすテレビ局は、オーディション番組「スター誕生!」 を始めることになる。アイドル業界は新たなるメディア「テレビ」 の活用によってアイドルをより身近に、お茶の間のものとして消費者に受け入れられるための戦略をとっていくことになる。「やがて、テレビからヒット曲が生まれ、テレビがスターをつくる時代となっていった。」(中川、2007:p.15)というほどであり、テレビとアイドルの出会いは必然だった。歌だけでなく、容姿やたち振る舞いなどすべてを含めた全存在としてのアイドルが消費者に提供されていくことで、消費者たちの要望を簡単にくみ取る装置としてテレビはアイドルビジネスにおける有効な位置を占めることに至るのである。
 70年代を代表するアイドルといえば、前述の「スター誕生!」でデビューが決定した、山口百恵である。(以下、「百恵」と表記する)そして、「アイドル」という言葉が日本に定着を見せたのも70年代である。「小柳ルミ子南沙織天地真理の三人娘がデビューしたのが71年であるが、ここからアイドル・ポップスというジャンルが確立されたのである。そして78年に『としごろ』でデビューした山口百恵は70年代のアイドル・ポップスにおける最大のスターである」(稲増、1989:p.67)しかも山口百恵の場合、アイドルがたんなる社会現象の枠を超え、文化現象にまで昇華されたけ稀有な例である。「歌の内容のみならずその実人生における「生きざま」そのもので広い層(特に女性)の共感を呼び、「女性アイドル」=着せ替え人形という通念を打破した。」(稲増、1989:p.67)


 具体的には、百恵はテレビドラマにおけるアイドルの活躍の可能性、「アイドルドラマ」の原型を作った。
1974年の『赤い迷路』にはじまる「赤いシリーズ」は1980年にいたるまでの人気長編ドラマシリーズであるが、その中で百恵が主演になっているものが6作品にも登る。「赤いシリーズ」の製作をしていた大映のプロデューサー、春日千春は、歌手を擁するプロダクションが歌手をドラマに出演させることで、とにかくひとつグレードアップさせたいという意識を持っている、と発言している。(稲増、1989:pp.137-153)これは、当時のメディアをめぐる状況の変化に合わせて、アイドルプロダクションがチャネル戦略の転換を図ったからである。アイドルビジネスの主軸は映画から、テレビへとシフトしていった。映画を軸とする60年代システムから、70年代の歌とテレビをメインとする「メディアミックスとしてのアイドルシステム」が作られていったと言える。
 そのシリーズの特徴を考えると、更に70年代のアイドルをめぐる状況がわかる。ドラマにおける百恵の役どころに特徴的に表れているのが「虚像と実像との狭間のアイドル」ということである。「『赤シリーズ』 は70年代アイドルドラマの代表であったわけだが、それは山口百恵という素材を得てこそ、成立しえたドラマであった。血のつながらない父娘関係や、逆に憎しみ合う両人が実は本当の父娘であったりと、常に暗い影(ほとんどが出征の秘密)を背負ったヒロインをけなげに演じる山口百恵に、消費者は、彼女の実人生をオーバーラップさせながらその物語世界に没入していった。」(稲増、1989:p.148)百恵の実人生はそれとオーバーラップするように複雑なものである。「1959年1月17日、山口百恵は東京・恵比寿で生まれた。9カ月の未熟児で難産だった。両親は正式な結婚をしていなかった。父には別の家庭があったのだ。小学校1年の12月に横須賀に引っ越し、小学校6年の時に母が入院してしまうと、彼女が家事をし、妹の世話をみるようになる。中学一年の夏休みに新聞配達のアルバイトをし、机とギターを買った。」(中川、2007:p.14)
この「赤いシリーズ」に代表される70年代アイドルドラマでは、消費者の抱く、そのアイドルにまつわる裏話に対する関心が高かった。消費者は、ドラマの中の百恵と実生活の百恵とをオーバーラップさせながら、百恵という「ひとりの女の子の人生」に関心を抱いているからこそ、すこしウソくさいドラマもドラマとして成立させてしまえた。テレビドラマがもともと虚構空間であるからこそ、その空間を支えるだけの物語として百恵は機能していたのである。

 アイドルの「物語」を考えたとき、ドラマや歌の歌詞、バラエティ番組などでのたち振る舞いすべてから、アイドル本人の実像に迫ろうとする欲求が消費者に生まれてくる。それこそが前述した大塚のいう「物語消費」という現象である。一般消費財と比べても、人一人のもつ物語性は、モノのそれをはるかに上回り、彼女たちがどういった家庭に生まれ、どういった人生を歩んで、今後どうしていきたいのかという「物語」を消費者は読み取ろうとしてしまう。その点で、「百恵の場合は、今風のライトなアイドルドラマであったりしたら、かえって力を出し切れなかったかもしれず、『赤』シリーズであってこそ、彼女の人間としての「実像性」の神話が強化されたわけである。その意味では、結果としては、虚構世界がドラマの彼女のアイデンティティを際立たせる効果を果たしたということになるのである。」(稲増、1989:pp.148-149)
 70年代は、実像としての―百恵に代表されるような―「不幸な少女のビルドゥングスロマン」が語られ/読まれていった。それは虚像と実像との間での往復運動であったと言える。不幸な女の子が、芸能界という舞台に上り、一歩一歩足を踏みしめてスターダムを上っていくという物語は極めてわかりやすく、共感も得られるものだったのだ。

第3節 80年代「シミュレーションとしてのアイドル―松田聖子

 この節で考察するのは「シミュレーション」としてのアイドルである80年代に見られたアイドルシステムである。80年代を代表するのは、松田聖子である。(以下、聖子と表記)聖子は百恵とならんで、社会現象となったアイドルである。「松田聖子は百恵の引退と同じ80年代にデビューし、第二期アイドル・ポップス時代の女性リーダーとなる。ちなみに、この歳には田原俊彦河合奈保子岩崎良美、榊原芳恵らがデビューしており、82年デビューの松本伊代中森明菜小泉今日子堀ちえみ早見優石川秀美、シブがき隊らともに、現在のアイドルシーンの原型が形成されている。」(稲増、1998:p.68)
 70年代の百恵が良い例である「テレビドラマによってアイドルの『物語』を語っていく」というアイドル業界の発明はわずか10年足らずで機能を使い果たし、消費者は虚像と実像の区別というゲームに飽きてしまった。「百恵以降のアイドルドラマは、初めからアイドル自身の「物語」性を前提にしておらず、かえってドラマの中で付与されたキャラクターを消費者に印象付けることで、アイドルの多面性や意外な一面をアピールする意図が内包されている。」(稲増、1998:p.149)大塚はこういった「アイドルのシミュレーション化」に関してこう言う。「今にして思えば〈虚構〉と〈実像〉という二元論の上に〈アイドル〉が存在し、そして受け手もまたそれを信じることができた70年代末はそれなりに幸福な時代であった。〈アイドル〉とは創り出された〈虚像〉であり、その背後には、生身の少女である〈実像〉が存在する。このような考え方はむろん〈神話〉でしかない。(中略)〈虚像〉の背後の〈実像〉をも消費することを芸能界というシステムは発見してしまった。(中略)重要なのは、〈虚像〉が〈実像〉をとり込んだ結果、少女の全存在と〈アイドル〉が統合で結ばれてしまう事態が生じたことである」(大塚、1992: pp.292-296)
 ここで、聖子がヒットした要因は70年代にアイドル業界が隠そうとしてきた「虚像としてのアイドル」というアイドルビジネスがもつ根本的な構造に自覚的であり、消費者が求めるアイドル像に機敏に対応し適応していった点にある。聖子は、少女である自分をシミュレーション化していくことに希有の才能を発揮した。「泣き顔なのに涙が出ていない」「ブリっ子」といった初期の松田聖子に対する批判は、聖子のシミュレーション性に対する敏感な反応だった。しかし、それは言うまでもなく時代が望んだものである。〈少女〉をプログラム化することで松田聖子は、やがて純化した〈少女〉性を獲得した。「ブリっ子」と非難した女の子たちがやがて急速に聖子支持へと回るのはそれ故である。」(大塚、1992:pp.296-297)


 いかにしてアイドルが虚像であるということが消費者に理解されてしまったのかを、時代をたどるって理解してみよう。はたして聖子のファンはどういう世代なのだろうか。
1960年前後に生まれた聖子ファン層は、「アイドルの歴史」のすべてをリアルタイムで体感してきた世代である。小学校高学年か中学生で初めてであったアイドルが、天地真理南沙織小柳ルミ子の三人娘、その後中三トリオ 、アグネス・チャン、麻丘めぐみ浅田美代子たちを見続け、キャンディーズの解散を中高生で迎えた。「スター誕生!」でデビューしたアイドルたちが栄枯盛衰を繰り返し、アイドルが一過性の虚像をいかにまとうかというイメージ商品であることを経験してしまっていたのだ。そのなかでは、アイドルが清純であるというウソを見抜き、それをウソだと唾棄した山口百恵の生き方に共感を覚えた。つまり言ってしまえば「70年代末になると、アイドルという制度はいきつくところまでいってしまった。山口百恵が薦めた自らの人生とアイドル像を限りなく一致させる方向と、その対極であるピンク・レディーが進めた徹底した虚構化である。そして二つとも破綻してしまった。」(中川、2007:p.94)ということである。


 聖子がやっていったのは「アイドルを演じている」過程を自動化/自律化させたことだった。いわばシミュレーションとしてのアイドルである。例えば歌っている楽曲にしても、百恵が「一人の少女の成長」を私小説風に歌のなかに配置しているのに比べて、聖子の歌の中では一瞬の情景しか語られない。百恵は年齢を重ねて経験をしていくのに対して、聖子は時系列的展開が欠如してしまっている。
 日本音楽業界の流れも聖子のシミュレーション化の後押しをし、「通俗的ロマンに堕した演歌ではなく、レディス・コミックとほとんど違わない大人の女の恋の歌でもなく、少女の心象風景だけで成り立った少女漫画を歌う」(小倉、1995:p.161)アイドル・ポップスがここで完成したと言える。聖子はシングル売り上げ、首位獲得数:25作(歴代5位・女性アーティスト単独2位)の成績を収めている。
 少女特有の一瞬のきらめきをアイドル・聖子を演じているステージ上にいるときだけ瞬間的にパッケージ化して提供する。そういうシミュレーションを行う聖子に対して、消費者は理解と共感をもって接した。

第4節 80年代末「シミュレーション のシステム化―おニャン子クラブ

 アイドル「神話」の崩壊した後に、アイドルがシミュレーションであることに自覚的な聖子が成功したわけだが、メディアもそのシミュレーション化に気づき、そのシステム化に取り掛かることになる。それが「おニャン子クラブ」(以下、おニャン子と表記)である。
 83年ごろテレビ番組『オールナイトフジ』でブームが起こりはじめた「女子大生ブーム」に目を付けた放送作家の秋元康は、85年の春からテレビ番組『夕やけニャンニャン』のなかで「君こそスターだ」というオーディション企画を始める。ここで生まれたのが、おニャン子である。毎週、5名のオーディションを通じてメンバーを選んでいき、番組に参加させていった。ここで見られるのはテレビ局が独自のアイドルを作ろうとする「スター誕生!」と同じ思惑である。しかし、おニャン子の場合は自身の番組の中だけで純粋培養し、おもに同テレビ局のなかの番組にしか出演させなかった点がチャネルの独占を生んだ。
 おニャン子のコンセプトは、「素人同然で必ずしも歌の上手い者や、ダンスの上手い者、美少女にはこだわらず、芸能人ではなくあくまで普通の女の子」といったもので、番組よりも学業を優先させるなど、その素人らしさと親近感が放課後の女子校感覚、部活動感覚、バイト感覚をイメージさせる。メンバーを続々とソロデビューさせたり、毎週開催される番組内のオーディションなどにより継続的にメンバーを追加したりするなど、独自の展開がアイドルの新たな売り方を示し、ソロメンバーだけでなく、「うしろゆびさされ組」、「ニャンギラス」、「うしろ髪ひかれ隊」等のグループ内ユニットも輩出し、毎週のようにオリコンチャートを独占した(1986年のシングル1位獲得46曲中、おニャン子クラブ関係が30曲。52週中の36週)。
 アイドルがシミュレーションであることを理解/了解してしまった消費者は、そのアイドルのシミュレーション化していく過程を楽しみたい欲求が顕在化してきていた。その隠れたニーズをうまくキャッチした形でおニャン子は爆発的にヒットした。
 しかし、おニャン子はシミュレーションの商品化を徹底的にやり過ぎてしまったとも言える。アイドル神話が崩壊したことを無意識に認識していた消費者は、それを強く自覚することになってしまったのだ。
2年間限定のおニャン子の活動の後には、アイドルにとっての冬の時代が到来することになる。また、バブルの崩壊もアイドル業界にとっては大打撃であったことは言うまでもない。

第5節 90年代「システムの再設計―モーニング娘。

 90年代には従来の「アイドル歌手」から、テレビCMや雑誌のグラビアなど、ビジュアルを主体とした「モデルアイドル」や、豊満なバストを売りとした「グラビアアイドル」が新たなアイドル像を形成していった。
 「モデルアイドル」型では「3M」(宮沢りえ観月ありさ牧瀬里穂)がテレビCMで人気を博し、「グラビアアイドル」ではかとうれいこ細川ふみえ、山田まりやなどが雑誌グラビアを足がかりに、テレビCMやバラエティ番組へと進出していくようになった。後半からはかつてアイドル歌手、アイドル女優を多数生み出してきた大手事務所もグラビア市場に参入しグラビアアイドルが市民権を得ていく。
 グラビアアイドル業界では90年代半ばにいわゆる「癒し系ブーム」が起こり、温和なイメージをもつ、優香、井川遥吉岡美穂乙葉らがヒットした。この「癒し系アイドル」はいままでの男性中心のファンとは一線を画し、男女ともに受け入れられる新たなるアイドルとして、その後、アイドル女優の要素として大きなファクターを作った。これには不景気であえぐ当時の日本の状態が反映されていたと考えられる。
 アイドルそのものも多様化し、それによりアイドルの性格も大きく変わる。バラエティアイドル(略称、バラドル)、女子アナ、レースクイーン、スポーツ選手、チャイドル、声優、特撮ヒロイン、地下アイドル(ライブアイドル)、AV女優などアイドルは様々なジャンルに分散していったのは前述の通りである。


 1990年代後半になるとテレビ東京の番組『ASAYAN』のオーディションにおいてデビューが決まった鈴木あみモーニング娘。が台頭し、そのモーニング娘。を中心としたつんくプロデュースの歌手集団「ハロー!プロジェクト」勢や浜崎あゆみが人気を得た。


 ここで、モーニング娘。の「物語」に関して再度見直しておくとしよう。普通の女の子たちがオーディション企画「シャ乱Qロックボーカリストオーディション」に応募し、これに落選する。(「越境」、「危機」)そしてデビューのための条件として5日間以内で5万枚のCD売り切りを目標に活動をし、その内容がTV番組化され放送された。(「成長」)その努力の甲斐が実を結び、見事にデビューをする。(「勝利」)そして、モーニング娘。はデビュー時だけではなくメンバーの入れ替えなどにより、事あるごとに物語が付与されていくことになる。
 おニャン子と比較してみると、おニャン子が毎週のテレビのコーナーでメンバーを募っていたのに対して、モー娘。は結成10年以上たつ2008年においてもメンバーはまだ8期生が参入した程度である。その点でより少数精鋭のイメージがあり、ライブなどでのダンスパフォーマンスにも力を入れていることが伺える。おニャン子が「アイドルをしていくプロセス」をバラエティータッチで売り物にしたのに対して、モー娘。は「アイドルになろうとしている努力」を映す、よりドキュメンタリータッチの手法で番組を制作していった。もともと、『ASAYAN』がオーディションだけの番組でなく、バラエティに主眼を置いた番組であったこともあるが、モー娘。のメンバーたちの頑張りは、旧来の「清純でひたむきに頑張るアイドルらしさ」を彷彿とさせるものであった。結成当時こそ「おニャン子のリファイン」であったが、核となるメンバーの加入を経て、大ブレイクを果たす。それが後藤真希であった。
 しかし、モー娘。は段々と後退の一途をたどることになる。「モーニング娘。は良くも悪くも後藤真希という毒薬を飲んでしまった時点から、終点へ向けて走り出してしまったんです。彼女のスター性、いなたさ、危険性はどれをとっても稀代のスーパースターに匹敵する要素を持っていて、それに気づいたつんくは、徹底的に後藤シフトで物事を進めてきた。その結果、LOVEマシーンの大ヒットがあり、紅白出場〜爆発的な人気へと繋がったわけです。ただ、後藤本人が一時期スターへの会談を自ら踏み外したことで、すべてが狂い始めた。」(小林、2008.09.27)
 モー娘。はスキャンダルにさいなまれ続けた。恋愛スキャンダルに始まり、喫煙問題などである。それがモー娘。の衰退の要因の一つになった。

第6節 ゼロ年代「成熟した市場の中で」

 00年代前半は、モーニング娘。松浦亜弥らが所属するハロー!プロジェクト勢をはじめ、宇多田ヒカル浜崎あゆみ倉木麻衣大塚愛など、ルックスを兼ね備えた若手歌手らも人気を集めた。このあたりは従来のアイドル像とは異なり、「アーティスト志向」である面から考えてもアイドルであると断言することは衆目の一致をみない。プロ志向のミュージシャンとも呼べる彼女たちは、従来のアイドル像からかなりかけ離れたものであり、当時こそアイドルとして疑似恋愛の対象になっていたかもしれないが、今では独り立ちした「アーティスト」として扱われるようになり、アイドルからの脱却に成功している。
 それらのアイドルの穴を埋めるべく台頭してきたのは、アイドリング!!!AKB48(えーけーびーふぉーてぃーえいと)である。
 また00年代中盤〜後半では、上戸彩長澤まさみ新垣結衣堀北真希らをはじめとするアイドル女優が活躍の機会を広げている。これは、90年代半ばの癒し系ブームの流れから、「男女両性に好かれるタレント」としての新たなるアイドルの派生系である。そのなかでも新垣結衣はアイドル女優から、アイドル歌手もできるように歌の場に活動を広げている。また、中川翔子スザンヌ小倉優子若槻千夏らのバラエティアイドルも台頭し人気を得ているが、これも「男女両性に好かれるタレント」として地位を確立してきている。

 ゼロ年代を総括すると、アイドルの短命化が進み、大ヒットすることが少なくなり、大量生産大量消費状態となっているのだ。昔はインスタント麺がヒットしたようにズブの素人がスターになることが受け入れられたが、現在は高い金を出して並んででもうまい物を求める時代だからそうはいかないのである。聖子を送り出したサンミュージック相澤秀禎も「女性アイドルといえど今は同性の支持なくして売れず、同性の支持の方が重要だ」(相澤、2007)と述べているように、最早女性アイドルという概念そのものが変貌を求められる時代になったと言える。

第5章 ゼロ年代におけるアイドルビジネスについて

 この章では、前章でのアイドルをめぐる歴史的展開を踏まえて、今現在のアイドルをめぐる消費に、どういった力が働いているのかを考察する。

第1節 時代背景の変化
1. 物語消費に導かれた共同性消費、ネタ消費へ

 前述の物語消費でも触れた共同性への関心は、時代変化とともに選びとられてきた欲求であり、それは共同体からの解放によって再帰的に選びとられたものである。「私たちの考える『人に優しい共同体』が、近代になって人々が共同体から解き放たれるとともに現れた『理想像』に過ぎない」「そこで求められている共同体とは、私たちが『本来あるべきだった』つながりをイメージしている」(鈴木、2007:p.106)
 共同性への興味関心が内在している現代消費者にとって、アイドルとは格好の〈ネタ〉として機能する。「ある対象をめぐって、それを『ネタ』にしたコミュニケーションが連鎖していき、コミュニケーションそのものが目的になる」(鈴木、2007:p.95)ことこそ、アイドルをめぐる消費の文脈で見受けられることではないだろうか。
 〈ネタ〉を媒介にした共同性への欲求は、一対一という幻想のもとに発生しているアイドルビジネスでは起こりにくいと考えられがちだが、そんなことはない。「わが国では、アイドルファンが横に連帯してしまう」ことがあり、その理由は「アイドルはある種の宗教であり、集合アイデンティティの核である」(稲増、1989:p.55)からである。このことこそアイドルが〈ネタ〉として成立し、消費の要因となっていると考えてよいだろう。

 この共同性への欲求を組織化しているのが各アイドルのファンクラブであるが、ファンクラブに入ることによって成立していた疑似恋愛感覚が逆説的に失われることになってしまう。そのなかで一部のファンたちは、アイドルというカルチャーそのものに自分自身を投入することでアイデンティティの確保をしている面も見受けられる。小説家の吉岡平は稲増のインタビューのなかでこう答えている。「疑似恋愛的な部分というのは最初からファンクラブというものに属していると、できなくなるわけだから、ある程度距離を置いて、むしろ無償の愛に近いものになり」「ファンクラブ同士の横のつながりがすご」く、「もしかしたらアイドルに対する感情よりも強いかもしれない」(稲増、1989:p.51)とすら言える。
アイドル市場における熱心なファンは「現場系とコレクター系という大きく2つのタイプ」(野村総合研究所、2005:p.87)に分かれるものの、どちらもアイドルへの熱烈な愛情をもっている。それに加え、アイドル一人を追うのも自分一人では限界があるため、ファン同士の交流を取る。そこで「語り」の文脈が生まれる。たとえば自分とそのアイドルとの出会いや、感動したアイドルのエピソードなどである。そのなかでは希薄とも思えるアイドルの楽曲の歌詞の読解に関して文学青年のように揉めたりすることもあるのだ。この関係性の中では、アイドルの重要性が相対的に減少し、共同性への欲求が満たされることに目的と手段の転倒が起こっているとも考えられる。

2. データベース消費

 大きく変化してきた時代の中で、消費者の意識の変容も大きかった。それこそが、物語消費でありネタ消費であり、それらのなかに共通する要素とはデータベース消費である。「われわれはモノを使うひととしてというよりはむしろ、モノを読み取り、かつ選ぶ人として、つまり読解の細胞として生きている」(ボードリヤール、1992:p.152)なかでは、もはや消費財はモノとしての使用価値よりは、いかなる効用を読み取ることが可能かという可塑性をもった記号としての消費財が欲求されていると考えても良いだろう。
その面でアイドルというのは極めて「語ること/読みとること」に適した消費財であり、データベースの核としてアイドルがあれば、それを対象としてデータベースを読みこむことで盛り上がることが可能である。アイドルグループにおいては、各メンバーの参加までの物語や身長などのデータから、たち振る舞いの類型化による分類まで行われる

第2節 バーチャルなアイドルの可能性
1. 「余白のあるアイドル」

 以上述べてきたように、物語消費、共同性消費、データベース消費の三点が新たに提起された消費者行動である。アイドルは冬の時代を通り抜けてきたが、ここではその再興の可能性を考える。ゼロ年代では「虚像そのものであるアイドルをシミュレーション化すること」に対してハードルが上がってしまっており、なかなか「アイドル歌手」が見当たらないような状況であることは前章で述べたとおりであるが、そのなかでも数少ない可能性とはなんだろうか。
 物語消費に関しては前述の「物語類型」に分類されてしまうように研究が進んでおり、マーケティングコンセプトとしてアイドルの売り出し方として定着している。たとえば山口百恵松田聖子の例を見てもらえればわかるだろう。ここで新しいのは、共同性消費とデータベース消費である。
 共同性消費を上手く機能させるためには、共同性が爆発するきっかけが重要である。それはニーズではなくウォンツを汲み取ることが重要であり、そのアーリーアダプターを契機にネタがネタを生み出し連鎖していく構図を作り出すことで「ブーム」を作り出せる。それこそが「カーニヴァル状況」(鈴木、2005)である。また、このコミュニケーションの過渡状態が停滞期に入ったときに、再び同じネタを提供するのではなく、「新しいネタ的コミュニケーションへの接続を促す」(鈴木、2007:p.122)ことで、断続的な盛り上がりと購買活動が期待できる。
 データベース消費では、データベースを完全にそろえてしまうことは逆効果になってしまう。それは読者がいかに読み取っていくかという点が消費の成功として大きいためであり、そのための余白を作っておきたい。
 以上の3点を満たすアイドル像とは「余白のあるアイドル」であると言える。すなわち、消費者の気持ちを映し出す鏡としてアイドルが機能しているのならば、アイドルが自分の投入先として十分な余白がなければ没入していく余地はないのではないだろうか。
 「余白をあるアイドル」を具体的に言うなれば、よりバーチャルなアイドルということだ。バーチャル化するアイドル像に関して考察することは、今後の日本のアイドルという文化において、その先鋭的な面を際立たせることになる。

2. バーチャルアイドル

 「余白のあるアイドル」として考えられるのは、a)初音ミク(はつね)、b)久住小春、c)Perfume(ぱふゅーむ)の3つである。それらはどういった点で「余白」を持っているかといえば、読解可塑性と没入可能性の二点であるだろう。
 ここで、バーチャルアイドルについて歴史を振り返ってみよう。バーチャルアイドルという言葉は1990年代に使われるようになった。伊集院光のラジオ番組「オールナイトニッポン」での発言によって「リスナーらの投稿によって架空のアイドル像が次々と形成されていった」(中森、2008:p.180)


 まず、第一に取り上げるのは初音ミクである。初音ミクは2007年8月31日にクリプトン・フューチャー・メディアから発売された音声合成・デスクトップミュージック (DTM) ソフトウェアの製品名、およびキャラクターとしての名称である。これは、音声ソフトでありながら、ポップな電脳アイドルというイメージでのパッケージで発売されており、VocalとAndroidを掛け合わせて「VOCALOID」という名称を与えられている。公式ホームページによれば「『初音ミク』の歌声は、80年代から最新まで多彩なアイドル・ポップスを中心に、さまざまなポップ・ソング〜バラード・ソングを歌い上げ、またキュートな声によるアニメソングなども得意としています。彼女の声質はとてもチャーミングで、伸びやかに天まで昇るような高音域、清楚で可憐な中高音域がとても魅力的。まるで可愛らしいアイドル歌手を、自宅スタジオでプロデュースしているかのような感覚を味わえるでしょう」とある。初音ミクはマイナーなジャンルだったDTMを動画とマッシュアップさせることで、動画共有サイトニコニコ動画を中心に爆発的にヒットした。
 ニコニコ動画動画共有サイトのなかでも特に機能面での特徴を持つのは、動画のなかでコメントを書き込むことができる点である。ここで読解可塑性が十分に効果を発揮することになるのは、コメント書き込み機能に加えて、公式のプロフィール(いわば物語の設定にあたる)に、必要最小限のものしかない点にある。ニコニコ動画の機能の助けもあったおかげで、試聴や動画作成の流通フローのなかで勝手な設定が加えられていき、その設定が新たに作られた動画に更に引用されるという、共同性消費が行われた。設定に設定が書き加えられ、それがコメントによって支持され盛り上がり、さらに物語の登場人物として弟分のキャラクター、鏡音リン・レンが発売されると同時に初音ミクとの関係が構築(妄想)された。
 没入可能性に関しては、キャラクターそのものが音声合成ソフトであるから自分の作業が必須になり、自然と親近感を持ってしまう点がおおきい。もともと調整が難しい音声ソフトというジャンルのため、「調教が難しい」(有村、2008:p.312)という「人格」が勝手に与えられ、それをテーマとした楽曲が作られていった。 また、チューニングをこだわってやらなければ満足に歌えないという意味から「アホ」扱いを受け、平仮名交じりのキャラクター「はちゅねミク」も考案された。


 第二に注目するのはモーニング娘。の7期生、久住小春である。久住小春はテレビアニメ『きらりん☆レボリューション』 の主役「月島きらり」を声優として声を当てていると同時に、その虚構性を全面的にアピールした『恋カナ』や『パパンケーキ』などの楽曲をリリースしている。この虚構性こそ従来のアイドルの持っていた輝きの再現だと考えてよいだろう。モーニング娘。が凋落していった「後に生まれたスターが、久住小春」であり、「彼女の場合は徹底的に作りこまれたアイドルスキルで、同世代の女の子に受け入れられるという、このご時勢もっとも難しい荒業をやってのけた」(小林、2008.09.27)のである。
 この圧倒的な作り込みは楽曲のプロモーションビデオに顕著に表れており 、虚構そのものであり、没入可能性を高めていると言える。それは旧来のアイドルも持っていたであろう、一対一において虚構の中で永遠の今日を続けるという松田聖子の持つ輝きのそれと等しい。それはあまりに現実と乖離しているため、麻薬のように機能するが、その虚構性を受け入れがたい人には受け入れられないとも言える。


 最後に着目するのは、Perfumeである。Perfumeとは広島県出身の女性テクノポップユニットである。メンバーは西脇綾香(愛称「あ〜ちゃん」)、樫野有香(愛称「かしゆか」)、大本彩乃(愛称「のっち」)の3名である。3人は広島の養成所での下積みを経て、2005年にメジャーデビューをした。
 なんといっても独特のロボットダンスと、自由奔放なトーク、本格的なサウンド(サウンドプロデューサーの中田ヤスタカが担当)と、一見すると多種多様な物が混然一体としてまとまりがないように見えてしまうが、そのすべてがバランスよくレベルが高いことがあって、いまの人気にむずび付いている。
 物語としてはありがちな、「下積みからがんばってアイドルになりました」というほほえましいくらいのものであるが、その彼女達の実力は本物である。その理由はライブでのパフォーマンスにある。その音楽のジャンルから、エフェクトが何重にもかかっていることもあっていわゆる「口パク」で歌うことが多いが、それをもろともしないのである。ライブパフォーマンスは自分たちで作った独特でコミカルでキュートなロボットダンスと、3人の自由奔放でいながらそれでいてまとまりを失わない点にある。
 消費者はPerfumeの読解可塑性の高さに驚くだろう。音楽から入ったファンは、その音楽性について考え/語ることができるし、旧来のアイドルファンはその下積み時代からの彼女たちの成長を見守ることもできる、懐が深いアイドルだと言える。
 そういった面でPerfumeは、現前するアイドルのなかでも最も輝いていると言える。今後の伸びも期待できると言えるだろう。「昔は誰でも、手放しで好きと言えるものがあった。言っても良かった。彼女たちはあのころの意味での「アイドル」として好きになれる唯一の存在だ」(さわやか、2008:p.21)

第6章 まとめ

 アイドルという単語が日本に定着してから30年以上たった。そのなかでアイドルビジネスは爆発的に成長すると同時に日本の社会を彩る、なくてはならない存在にまでなった。しかしアイドルビジネスはその成長を止め、いまはアイドル冬の時代を言われる。かつてのアイドルのようにきらきらと輝く存在は失われてしまった。
 しかし、失われてしまったものを嘆くのではなく今を考えれば、今後のアイドルはより虚構化の度合いを高め、高感度重視の女性タレントとの乖離は進み続けるだろう。一方、女性タレントだけが女性の支持を得ることが必要というわけではない。バーチャルなアイドルはバーチャルななかで女性の獲得を考えなければならないし、旧態依然とした男性側からの処女志向の表れてある「処女であることが必然であるアイドル像」から脱皮しなければいけないことは言うまでもない。
 新しい時代には、新しい女性像が必要である。そのためのメルクマールとして、新たな女性の生きる形を顕現するために、これからも女性アイドルには一層の奮闘が期待されよう。いつかふたたび「みんなで盛り上がれるアイドル」が出てくることを願っている。

参考文献

大塚英志(2001)『定本・物語消費論』角川書店(角川文庫)
B・J・パイン、J・H・ギルモア(著)岡本慶一、小郄尚子(訳)(2005)『新訳 経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略』ダイヤモンド社(B. Joseph Pine?、James H. Gilmore、The Experience Economy : Work Is Theater & Every Business a Stage : Harvard Business School Pr、1999)
鈴木謙介電通消費者研究センター(2007)『わたしたち消費』幻冬舎幻冬舎新書
福田敏彦(1990)『物語マーケティング』竹内書店新社
西本直人「物語がつくる爆発ヒット モー娘。的商品学」(56-67ページ)『ビジネススタンダード』ソフトバンク・クリエイティブ、2002年7月号
山川悟(2007)『事例でわかる物語マーケティング』日本能率協会マネジメントセンター
稲増龍夫(1989)『アイドル工学』筑摩書房
大塚英志(1992)『システムと儀式』筑摩書房(ちくま文庫
中川右介(2007)『松田聖子中森明菜幻冬舎幻冬舎新書
宮台真司、石原秀樹、大塚明子(2007)『増補 サブカルチャー神話解体』筑摩書房(ちくま文庫
中森明夫初音ミクと「存在しないものの美学」」(179-183ページ)/有村悠VOCALOID Leads Us to the Future.」(210-228ページ)『ユリイカ 総特集 初音ミク ネットに舞い降りた天使』青土社(2008)12月特別増刊号、vol.40-15
さわやか「特集Perfume 「アイドル」の意味を回復する三人」(20-35ページ)『クイック・ジャパン』(2007.10.25)vol.74
東浩紀(2001)『動物化するポストモダン講談社講談社現代新書
大塚英志(2004)『おたくの精神史』講談社講談社現代新書
東浩紀大塚英志(2008)『リアルのゆくえ』講談社講談社現代新書
大塚英志(2004)『物語消滅論角川書店角川oneテーマ21
小倉千加子(1995)『松田聖子論』朝日新聞社(朝日文芸文庫)
神田法子(1986)『聖子』小学館
セス・ゴーディン(著)沢崎冬日(訳) (2006)『マーケティングは「嘘」を語れ!―顧客の心をつかむストーリーテリングの極意』ダイヤモンド社(Seth Godin、All Marketers Are Liars : The Power of Telling Authentic Stories in a Low-Trust World :Portfolio、2005)
エチエンヌ・バラール(著)新島進(訳)(2002)『オタク・ジャポニカ 仮想現実人間の誕生』河出書房新社(Etienne Barral、OTAKU Les Enfants du Virtuel:Editions Denoel、1999)
相澤秀禎(2007)『人生に拍手を!』講談社
小林真一(2008.09.27更新)「モーニング娘。凋落の原因はなんだったのか?」http://millionpub.jp/025idle/post_1462.php(2008.12.30アクセス)
ジャン・ボードリヤール(1992)『象徴交換と死』、今村仁司塚原史(訳)筑摩書房(ちくま学術文庫)
野村総合研究所(2005)『オタク市場の研究』東洋経済新報社
鈴木謙介(2005)『カーニヴァル化する社会講談社講談社現代新書
堀田純司(2005)『萌え萌えジャパン講談社
新井範子(2007)『みんな力 ウェブを味方にする技術』東洋経済新聞社
新井範子、福田敏彦、山川悟(2004)『コンテンツマーケティング』同文館出版
クリプトン・フューチャー・メディア(2009.1.20アクセス)http://www.crypton.co.jp/
ニコニコ動画(2008.12.20アクセス)http://www.nicovideo.jp/
Youtube(2008.12.20アクセス)http://jp.youtube.com/