りとすら

書きたいことがあんまりありません

子供をみていた

 職場で担当している小学生と授業中の雑談をするのはなんだか就業規則に違反している気がして嫌なんだけど集中力が切れてしまっている子供のリフレッシュのためにあえて会話をしていたら自分が小学生だった頃友達と何を話していたのか疑問に思った。
 小学生の語彙力は家庭環境や周囲の大人たちの存在の有無によって個人差がかなりつくんだけど小学生の頃は馬鹿っていってもたかが知れてて勉強のできる出来ないと馬鹿かそうじゃないかってのはあまり差がない。
 話を聞いているといつの時代も小学生は短縮語が好きでなんでもかんでも短縮したがるからいま流行っているのは意味不明を略したイミフらしい。


 「でもね〜、いったんは「い」になってたんだけど、それはあんまり略しすぎでしょ、って話になってまたイミフに戻ったんだよ」


 小学生の頃は、自分と他人の語彙が違うことに気付き始めそれでコミュニティをくぎるって行為がまかり通っていた。短縮語の流行は俺らの時代にもあったし、他校では違う言葉がはやっていたというのが塾を介して伝わっていたりしていた。
 都心の塾の面白いところは、小学生くらいだと学習能力の高い子供ほど、よくしゃべる傾向にあることでそういうやつらが大量に情報をやり取りする場としても塾が機能しているから、いろんなことがらは地域を通じてではなくて、塾を通じて流行することになる。


 「でね。でね、先生・・・」


 しゃべり続ける女の子を目前に、俺の意識は退行して、女の子ってなんでここまでおしゃべりなんだろうと思った。
 女の子がおしゃべりすぎることでムカつくのは、女性は粛々と日本女性の品格を守れなんていう差別意識からくるものではなくてうるさい女の子が馬鹿なのかぶりっ子なのか俺には見分けがつかないところにある。ぶりっ子は小学生のころから当然のように存在していて、わからないフリをして先生の気を引こうとしてそれは職務内容的にも無視するわけにはいかなくて対応していかなければいけないんだけどどこまでが本気なのかいまいちわからない。
 小学生のころから女という生き物は男には理解できないものなのかと思うと鳥肌が立った。