りとすら

書きたいことがあんまりありません

就職先なんて考えねぇよ、まだ。

 僕は自分の活動限界を超えて動こうとすると明らかに言動に無理が出てくるんだけど今回もそのパターンで、疲れているのに何も仕事が進まない状況に陥ってしまっていたことに後から気付いた。こういうことにはいつも僕は後から気付く。


 9月の半ばくらいに、学校のほうでもあわただしくセミナーやら説明会やらが就職課を中心に始動し始めたこともあって、妙にせかされてしまった僕は、とにかく焦って志望企業を決めようとしていたんだけど、それははなから無理なことだった。
 だってそもそも日常生活の中で自分の将来について考える機会を奪われてしまっているのが現代の大学生の飼いならされ方だし、シラケ世代といわれてもそのそものシステムとしての大学装置がそのように駆動しているとしか言いようがないから、感覚がどんどんとリアリティのないものになってしまいがちで、日々の祭りに明け暮れるだけの不毛な日々が続いている。

 大学に入った時点の記憶を僕は今ならありありと思い出せるのは、やっと周囲の環境が整ってきたからなんだけど、大学生活を満喫しようという意識はハナから存在していなくて、テニスサークルになんか死んでも入るもんかと思っていたし、自分に厳しくいままで知らなかった世界をどんどん飲みこもうとするウロボロス的な欲望が躍動していた。それが大学という飼いならし装置のなかで麻痺してきたことに言い訳している自分が、今いる。


 だからといって今から焦ってどうにかならないものかと考えてもどうにもならないから一回時間をおいて、僕は僕のペースで「僕だけの就活」を始めようと思った。落ち着いた自分のペースでの自己実現を目指す。ただそれだけのこと。


 なんにも希望がないからじゃあ金融だとか、また友人のように自分の出自からの相関を気にすることなく、独立した成人として自分の人生について考えることをしないと僕は絶対に納得できないし、理解することもない。自分の歴史からの相関関係的に結果を導くことは手間はかかるけれど容易い。でもそんなんじゃなくて僕は「今の僕として生きている」ということのほうが絶対的な真実味を帯びているから、自分の将来の希望について今の自分で考えていきたいし、考えなくてはならない。