りとすら

書きたいことがあんまりありません

2.5次元はメイド喫茶ではなく、ケータイにこそ適応可能な概念だ

さーて、俺の誕生日まであと一週間切ったようで。去年は告知しなかったのにかかわらず、カキコがあって感動した記憶があるなぁ。今年もあるいいいけど。ちなみに19になるよ。
というわけで、今日から誕生日までは毎日の更新を目標にしてみようかと。

今回のお題は・・・「ケータイという名の現代病」について。

ケータイでメールを送るとなんか返ってこない人っているよね。俺もそういう人間の仲間で大変恥ずかしいんだけど、返信こないと、不安になるよね。ん?ならない?
俺はよく返信来なくて不安になるから、「レスくれメール」を追加で送るんだけど最後は悲壮感漂うカンジになっちゃう。何、この拒絶感。ただひたすらに悲しい。まぁ現実で会えるし、会えばいいんだけどさ。それでほとんどの問題は解決するし。
でもやっぱ、メールって無機質だから無言の拒絶感っていう独特のいじらしさを感じるんだよね。

アレがかなりムカつく。

誰が悪いってワケじゃないからなんともしがたいんだけど、やっぱりケータイじゃあ現実逃避は出来ないんだと思う。しょせん現実と地続きな問題だから、ケータイにもATフィールドが付いてるんじゃないかって思っちまうくらい。アレがすんげぇ嫌だ。だからって捨てるというのは別問題で。ケータイの無機質感をどうやったら克服できるのかなぁ、と日夜悩んだり悩まなかったりする。

メールを送った側の不安と、
メールを返すのを忘れている側の無責任さを
どうにかして軽減することができて、現実と妄想が一致しちゃった結果、
現代思想の滅びと共に、スタンドアローンコンプレックスを克服!!なんてことになるけど、
それじゃあ退行だなぁとか思って、やっぱケータイは無機質なままでいいのかなと思う。