りとすら

書きたいことがあんまりありません

セントバレンタイン

「聞いてくれ。ある年のバレンタインデーにある所にある少女がいた。恋する乙女は当然のごとくバレンタインデーにチョコを送って告白するんだ。もちろん、好きな理由ってのは「自己と神との契約」みたいな高尚なモンとは関係なく、外部状況に流されているだけだ。そして少年側としても、自分の信じるべき道なんてモノが確立されてなく、女なの趣味もはっきりしない。そういった状況を想定してくれ。この場合大抵の少年は交際を受け入れてしまうんだが、果たして其処に救いはあるのかってのが疑問なんだよ。お互いに馴れ合いになっちまって、お互いを駄目にしてしまうんじゃないかというのが私の意見なんだが、君はどう思う?まぁ確かに、一般論の話はしばしば抽象的になって意味がないとか言われてしまうが、それを抜きにした君の意見が知りたい。自己を確立していない者同士が、欠けたピースを埋め合わせる様に結合してしまう事を良しとするのか否かを。」

実際その時の僕は変なオッサンに捕まったと思っていたけれど、自分の置かれたシチュエーションがオッサンの言うそれと酷似していたから、安易にオッサンをシカトして逃げる事ができなかった。それは、避けては通れないってヤツだった。ただ僕の場合は、「交際の申し込みを保留する」という相手にしてみればかなり迷惑な事をしていて、それが僕に余計な負担を掛けていたから異常にオッサンのセリフが染みた。僕はどうするべきなんだろうか。お互いの為にならないと言って断るべきなのか、オッサンの言う事を全てシカトして簡単に交際を許諾するべきなのか。・・・「友達から始める」ってオーソドックスな断り文句には、そういう真意があったのか!?じゃあ僕も・・・いや僕は、友達から始めればいいんじゃないだろうか。友達から始める事によって、お互いにプラスになるんじゃないだろうか。あらためて交際って事を考えてみると、「友達から始める」ってのがベストな選択肢かと思う。相手の事も自分の事も最大限に考えた答えが、ありふれた“断り文句”だとしても、それが僕の出せる最高の解答だろうと思うから。
僕は常に自分の持てるだけのものを使うしかないから、他人に笑われようと気にせずにベストを尽すだけなんだろう。相手には「友達から始めよう」と言おう。それ以外には僕には考えつかない。他の答えは僕の知らないものだろうから、僕にとっては存在しないも同じなんだ。

「俺はあんたが納得してくれる言葉が思いつかないよ。」

僕は答えた。それにしても、最後にホンネをさらけ出したのは何時だったろうか。このことも自分の置かれたシチュエーションの特殊さを僕に自覚させた。告白されるという些細な筈の出来事に、思った以上に動揺させられている様だ。その胡散臭いオッサンは僕の答えを聞いて、

「君は君だけの答えを見つけたのか、つまんねぇな。」

と満足そうに言うと、席から立ち上がり去っていった。オッサンの差りぎわの横顔は醜く歪んでいて、僕のほんのりとした満足感は気持ちの悪さにとって替わられた。・・・暫くすると僕は彼の横顔の真意に気付き笑いだしそうになった。妙にニヤニヤした僕の顔はそのとき周りからどう見えただろうか。まぁ、そんなことはもうどうでもいいんだろう。そう、どうでもいいんだ。